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名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)290号 判決

原告 池田一行

原告 丹羽賢一

右両名訴訟代理人弁護士 尾関闘士雄

右訴訟復代理人弁護士 村松貞夫

被告 瑞穂タクシー株式会社

右代表者代表取締役 稲吉仙一

右訴訟代理人弁護士 佐藤正治

右訴訟復代理人弁護士 塚平信彦

主文

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告ら(請求の趣旨)

(一)  原告らが被告の従業員たるの地位にあることを確認する。

(二)  被告は原告池田一行に対し金二、三〇五、九四九円、同丹羽賢一に対し金三、八三六、三五一円及びこれらに対する昭和四九年八月二四日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被告は昭和四九年二月二一日より被告が原告らを就労させるまで毎月二八日限り一ヶ月原告池田一行につき金六六、〇五二円、同丹羽賢一につき金一〇六、五八三円を支払え。

(四)  訴訟費用は被告の負担とする。

(五)  右(二)、(三)、(四)項につき仮執行の宣言を求める。

二、被告

主文同旨。

≪以下事実省略≫

理由

一、被告がタクシー業を営む株式会社であり、原告両名がその主張の日に被告会社の自動車運転手として雇用されタクシー運転の業務に従事していたものであること、及び、被告会社が原告両名に対し、原告両名主張の日に被告会社主張の如き内容の就業規則条項を適用して本件懲戒解雇並びに本件予備的解雇の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。

二、原告両名が瑞穂タクシー労働組合の組合員であり、組合は同盟加盟の交通労連愛知に加盟していること、原告池田は昭和四四年二月より同年一一月二日の組合第七回定期大会において改選されるまで組合の執行委員の役職にあり、同丹羽は右大会において執行委員に選任されたものであること、原告丹羽が右大会の席上「会社より同盟(交通労連愛知中部地方本部)に不正の金銭の授受がある。」旨の発言をしたこと、本件懲戒解雇は、右丹羽発言が社内の秩序を守らず被告会社の信用を傷つけ被告会社の不利益となる言動に該当することをその理由として、被告会社主張の如き内容の就業規則九条三項、二二条一項、三一条一項・八項・九項、三〇条をそれぞれ適用してなされたものであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

三、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(1)  原告池田及び浜西秀行は、いずれも昭和四四年二月一四日の第六回定期大会から同年一一月二日の第七回定期大会までの間組合の執行委員をしていたものであるが、右第七回定期大会を数日後に控えた同年一〇月二九日午後一時頃、伊藤社長と共に被告会社社屋の近くにある喫茶店「フジ」に赴き午後七時すぎ頃まで話合った。

伊藤社長は、昭和二八年一〇月にタクシー八台で被告会社を設立し、それ以来代表者として経営にあたってきたが、昭和四四年頃になるとタクシー約五〇台、従業員も一〇〇名をこえる規模に成長し、経営陣に専務取締役(現代表取締役)稲吉仙一、常務取締役新野好一、営業部長伊藤康嗣、専務の補佐役としての経理担当高井敏らが加わるようになり、経理事務は高井が伝票を作成し専務の承認を経て社長が決済したのち支出することになってはいたものの、専務及び高井が処理した後伊藤社長の事後決済を求めるようなこともあって、伊藤社長としては、創業時代と異なり経営が自己の意のまゝにならないことにかねて不満を抱いており、かつ、性来訥弁で要領を得ない話し方をする人物であったところから、原告池田らとの雑談の中で長々と右のような趣旨の愚痴話をしたりした。

また、右高井は、昭和四四年二月まで交通労連愛知中部地方本部の役員をしており、役員をやめると同時に組合から脱退したものの、同年八月の交通労連の中央執行委員会が登別温泉で開催された際、交通労連の役員と同行して北海道まで行き同じ旅館に宿泊したことがあり、当時被告会社から同盟に金銭が出されているとの噂も流れていた。

原告池田は、従来の執行委員長土崎伸を中心とする組合執行部が組合員の意見を余り採り上げようとせず独善的であるとして、同執行部に批判的な考えを持ち、また、かねてから交通労連愛知の組合指導についても不満を抱いていた。当時、組合から交通労連愛知に年間約二〇〇、〇〇〇円余の組合費が納入されていたが、その割には上部団体としての指導性に欠如しているとしてむしろ脱退し単組として活動した方がよいとする意見が組合員の間にも高まっていた。

そこで原告池田は、前記噂どおり、組合の知らない金銭が被告会社と組合の上部団体役員との間に授受されていることになれば重大問題であると考え、伊藤社長との会話の際前記噂の件を確かめたところ、伊藤社長は、「昭和四四年二月の第六回定期大会から約二ヶ月後に経理担当の高井から交通労連中部地方本部役員五名に一〇、〇〇〇円宛合計五〇、〇〇〇円を教育費という名目で支給したいとの申出がなされたので、会社が良くなるならば支出してもよいと云って決裁した。」旨答えた。しかし、原告及び浜西は右金銭の受領者が具体的に誰であるかは聞いておらず、したがって、その相手方について金銭授受の事実を調査したことはなかった。

(2)  第七回定期大会の少し前、組合執行部は、組合員の意見を知るため、原告池田が中心となって、アンケート調査をしたが、その中で同盟脱退についての項目に脱退賛成意見が多数あったところから、土崎委員長は右アンケートの結果の発表を禁じ、かつ、第七回大会における執行委員各自の発言をも禁じた。

そこで原告池田及び浜西は、昭和四四年一一月二日第七回定期大会の開催される約三〇分前頃、原告丹羽に対し、執行部は委員長から発言を禁じられており、自分らは立場上大会で発言できないので、自分らに代って交通労連愛知と被告会社との間に多額の金銭の授受がなされている趣旨のことを発言して貰いたいと依頼し、かつ、これは喫茶店フジにおいて伊藤社長から直接聞いたことであるから十分信用できると付言したので、原告丹羽は右両名に代って右のような発言をすることを承諾した。

(3)  第七回定期大会は、組合員約一〇〇名のほかに来賓として交通労連愛知中部地方本部から組織部長安井浦太郎ほか二名、労連傘下組合の役員等計六、七名が出席して開かれた。

大会は、あらかじめ定められていた議事次第により進行し、来年度の運動方針案の審議に入ったとき、訴外北村久雄が「今年八月北海道登別温泉で開催された交通労連の全国大会に、組合役員が出席せずに、組合員でない被告会社経理担当者の高井が出席したことは、おかしい。」旨の発言をなし、次いで、組合執行部が組合費の値上げについての提案をしたところ、これに対して、「さしたる指導もしてくれない上部団体に多額の組合費を納める必要はない。」「同盟を脱退すれば組合費を値上げしなくてもすむのではないか。」等の値上げ反対の意見が出されたりした。そのとき、突然原告丹羽が緊急動議と称し「会社と同盟(交通労連の意)との間に多額の不正の金銭の授受がある。こゝに確証をもっている。」と片手で胸を叩いて恰かも懐中に確証を所持しているかのような態度を示し断定的口調で発言をしたため、組合員の間に被告会社と同盟との癒着についての疑惑が強まるとともに同盟脱退の気運が高まり、大会は一時騒然となり、来賓の前記安井がそのような事実は絶対にない旨釈明したが、組合員の中から同盟脱退を叫び或いは「決をとれ」等の声もあって、議事は混乱のため一時中断し休憩に入った。

そこで議長は執行部と相談し、交通労連を脱退するか否かについて採決することにしたが、議事再開後組合執行委員長土崎伸は、特に発言を求め、従来の協約その他は交通労連の指導によって得られた成果であることに留意し賛否の票を投ずるよう組合員に要望した。投票は無記名でなされたが四二票対三五票の七票差で脱退案は否決され、その後新執行部が選出されて大会は終了した。

(4)  大会終了後、組合は、丹羽発言を重大視し、執行委員会を開き丹羽発言の真相を糾明することを決議し、一一月一四日原告丹羽に対し同原告のいわゆる「確証」の提出を求めたが、同原告は今は発表の段階ではないとしてこれを拒否した。

組合は、同月一七日被告会社宛公開質問状を提出し、交通労連に対する不正な金銭の授受の事実について回答を求めたところ、被告会社は経理帳簿等調査の結果、同月二〇日組合に対し「丹羽発言の指摘する事実は全くない。」旨回答した。

同月二一日組合は執行委員会を開き原告丹羽の出席を求めたが同原告がこれに応じなかったので、翌二二日再度同原告に対し公開文書により「確証」の提出を求めたところ、翌二三日同原告はこれに対する回答として公開文書で「右発言問題は私対会社、私対労連の問題である。」としてこれを拒否した。

翌二四日、組合は再度公開文書により原告丹羽に「確証」の提出を要求し、同月二六日には交通労連中部地方本部から組合に対し、真相の徹底的糾明と適切な処置を求める要請文が送られてきた。

同月二七日執行委員会において、更に原告丹羽に対し「確証」の提出を求めたところ、同原告は、「大会の席上確証ありと云ったのは交通労連脱退の動議を通すためのうそであり確証はない。」と言明するに至った。

(5)  一二月一日執行委員会は、原告の丹羽が虚偽の発言をしたのであれば組合の統制を乱すものであり除名処分が適切である旨決議した。右委員会の席上、原告丹羽は、同原告に発言を依頼したのは原告池田及び浜西であることを明らかにした。

翌二日組合は、第七回定期大会における組合規約の一部改正により大会に代る決議機関として新設された中央委員会(執行部と職場単位により選出された中央委員とにより構成)を開催し、原告丹羽の弁明を明番集会で聞くこと及び丹羽発言に関するその他の問題に対する処置を統制委員会で処理することを決定し、互選により統制委員会を選出した。

統制委員会は訴外林茂がその委員長となり、一二月三日原告池田及び浜西に対し、原告丹羽への発言依頼の事実につき尋ねたところ、原告池田は回答を拒否したが浜西はこれを認めた。しかし「確証」の問題については右両名共「確証はあるが提出する時機ではない。」とこれを拒否した。同月五日・六日の両日統制委員会は、明番集会を開き原告丹羽の処分問題について経過を報告したのち同原告に弁明を行なわせた。

(6)  一方原告両名ほか七名は、一一月八日「キッチンシャルマン」に於て、及び、同月一四日「すゞ屋食堂」に於て、の二回にわたり伊藤社長を呼出し、同人が原告池田及び浜西に対して前記発言をしたことの確認を求めたところ、伊藤社長は一回目は会社内部の経営が自分の意のまゝにならない、自分の持株について自分の知らない間に専務が買うと云っている等の不平を言うばかりで要領を得た返事が得られず、二回目に至って漸く前記発言をしたことを肯定したので、後日浜西がその旨の事実を記載した「会社(瑞穂タクシー株式会社)と同盟(交通労連)との間に金銭の授受に係る確証」と題する書面(甲第四号証)を作成し、これに伊藤社長の捺印を得ようとしたが、伊藤社長から面会をことわられたため、やむなく原告両名及び右会見に立会った浜西外六名が署名捺印したうえ、これを丹羽発言の確証として、一二月八日開催の統制委員会に提出した。

(7)  他方被告会社においても一二月八日開催の重役会議(伊藤社長、稲吉専務、新野常務、伊藤営業部長、高井が出席)に原告両名及び浜西を呼び出し、丹羽発言の内容動機等につき事情聴取し、更に同月一五日統制委員会主催で前記確認書に捺印した九名のうち阿部開二を除く原告両名外六名と組合の統制委員全員及び被告会社の伊藤社長、伊藤営業部長、高井らとの三者会談が開かれた。右いずれの場においても、丹羽発言は伊藤社長の発言に基づいてなされている旨原告らは弁明したが、伊藤社長は、原告らと面談したことのみ肯定し、その発言内容を否定した。

被告会社の高井らは三者会談の席上、組合に対し、教育費という支出科目はあるが、それは運転手養成のための自動車学校入学金等新入社員教育のためのものであり交通労連愛知に支出したことは絶対になく、丹羽発言は伊藤社長の発言を歪曲したものである旨を説明した。

(8)  そこで右同日、統制委員会は、丹羽発言は伊藤社長の発言を歪曲したもので事実無根であり、原告池田及び浜西も、原告丹羽同様除名処分が相当であり、前記確認書に捺印した他の六名については権利停止処分に付するのが相当であると決議し、その旨答申したので、執行委員会は右答申に基づき同月二〇日の中央委員会に右処分案を提案し、同委員会は右提案を審議の結果、同旨の処分案を決定した。そして、中央委員会は組合規約に基づく本人の弁明を原告丹羽と同様に明番集会においてさせて、大会開催に代えることとし、原告池田及び浜西について同月二三日と二四日それぞれ明番集会において弁明させたうえ、同月二五日原告両名及び浜西の三名について組合規約三二条、三三条三号所定の除名処分を組合員全員による無記名投票により決することとした。そこで組合は同月二六日・二七日・二八日原告両名及び浜西三名に対する除名可否の投票を行ない、二九日これを開票し、投票総数一〇八票(組合員総数は一一四名)中、除名賛成八〇票、反対二五票、無効三票の結果を得たので同日直ちに会社に原告両名及び浜西三名の除名決定を通知し、原告両名及び浜西に対しては右旨を郵送して通知した。

(9)  他方被告会社は、前記原告らからの事情聴取後、事態の円満な解決をはかるため同月二八日頃から二九日除名通知を受ける直前まで原告両名及び浜西に対し任意退職するよう説得し、原告らからも任意退職のための条件として支払を求める一時金額の提示がなされたが、結局被告会社の提示金額と一致するに至らず、原告らが任意退職に応じなかったため、被告会社は右除名通知を受ける直前に本件懲戒解雇をなした。

しかしながら、前記丹羽発言の内容となった被告会社から交通労連への多額の不正の金銭の授受があったとの事実は、原告らの全立証並びに本件全証拠によるもこれを認めることができない。

四、(一) 前記認定のとおり、丹羽発言は、交通労連愛知中部地方本部役員らの来賓も出席している組合の大会においてなされたものであり、その内容は、被告会社から右中部地方本部役員に多額の不正の金銭が流れているということであり、更に胸を叩いてここに確証があるとまで断言したのであるから、これを聞いた出席者の多数が、丹羽発言のような事実が真実存すると思ったであろうことは容易に推測できる。

会社がその従業員で組織する組合の上部団体との間に不正な金銭の授受による癒着があるということは、会社の組合に対する関係において労組法七条三号に規定する不当労働行為を推認させるものであり、対社会的にも会社の名誉を傷つけ会社の不利益となる事実であることは明らかである。そして右金銭授受の相手方である上部団体ないしその役員に対してもその名誉・信用を毀損する事実となることは勿論である。

したがって、丹羽発言は被告会社及び交通労連愛知ないしその役員の名誉・信用を毀損する行為であるというべきである。

そして右発言がなされた経緯からすれば、丹羽発言は、原告両名及び浜西が意思相通じてなした共同不法行為というべきである。

ところが、丹羽発言の内容、ないし右発言の基礎となった伊藤発言の内容が真実であると認めるに足りる証拠のないことは前述のとおりである。

(二) そこで、進んで原告らが丹羽発言にかかる事実を真実なりと信ずべき相当の理由があったといえるか否かについて検討する。

通常会社代表者が本件のごとく、明らかに会社自身の信用を低下させるような事実につき利害相反する者に対して発言することは異例のことであり、加えて、伊藤社長は前記認定のような人柄であって、しかも前記のような発言が同人の被告会社内における経営上の不平不満の長談議の中において偶々なされたものであり、右談議のうちにも伊藤社長が当時被告会社の経理事務処理の上で実質的な決済権を持たず、むしろ一面においては無視されていた事実が窺われること等から考えると、右伊藤社長の発言を鵜呑みにしてその内容を真実であると信用するのは軽卒といわなければならない。したがって、原告池田及び浜西としては、何はともあれ、右伊藤発言の真否を確めるため組合執行部に問題提起のうえ、組合を通じ右伊藤社長の発言内容に関して被告会社の経理事務担当者又は金銭授受の相手方とされた交通労連中部地方本部役員その他の者について現実に金銭の授受がなされたか否かを糾明するのが本筋であったのである。しかるに、右両名はこの問題を組合執行部にも伏せたまま自らも何らの裏付け調査をせずまたしようともせず、右伊藤発言の内容を真実なりとして、組合大会開始直前になって原告丹羽に右大会の席上での発表を依頼している。原告丹羽に至っては自ら伊藤発言を直接聞いたものではなく、大会開始の僅か三〇分位前に原告池田らより伝聞したに過ないにもかゝわらず、これを真実なりと断定した発言をなし、しかも何らの確証を所持していないにもかゝわらず懐中にこれを所持している旨の明らかに虚偽の内容をも混じえているのである。原告池田及び浜西も丹羽の発言に対し何らの説明ないし訂正も加えていない。もっとも、≪証拠省略≫によれば、丹羽発言にいわゆる確証とは前記認定の浜西作成に係る甲第四号証及び伊藤発言それ自体を指す旨の記載があるが、少くとも丹羽発言にいわゆる確証は、前記認定の発言態度からみて同人の懐中に所持しうるような証拠書類を意味するものであることは明らかであり、大会出席者の理解は勿論、原告丹羽も大会出席者がそのように理解することを意図してなしたものであることは容易に推認しうるから、伊藤発言及び右大会後作成された甲第四号証はいずれも丹羽発言における確証とは言いえない。したがって、原告丹羽の確証ありとの発言は、明らかに虚偽の事実を告知したものというべきである。

以上認定の事実からすれば、原告両名が伊藤発言の内容を真実であると信じていたかは疑わしく、たとえ信じていたとしてもそれは重大なる過失に基づくもので、到底真実であると信ずべき相当な理由があったとはいえない。

(三) してみると原告両名は、丹羽発言により被告会社の名誉・信用が毀損されたことについて不法行為責任を免れないから原告らの言動は被告会社の懲戒解雇を含む懲戒事由である就業規則一二条一項(会社の名誉を傷つける言動)、一三項(会社の不利益となるような言動)に該当することは明らかであり、被告会社が原告両名を懲戒解雇したことは後述のように相当であったというべきである。

(四) 原告両名は、丹羽発言は正当な組合活動である旨主張するので、その点につき検討するに、丹羽発言の動機目的については、原告池田が土崎委員長を中心とする組合執行部主流派及びその支持団体である交通労連に対しかねてから批判的であり交通労連脱退を望んでいたと推認されること、丹羽発言が組合員間に同盟脱退の気運が生じた段階においてなされ、現に右発言の結果同盟脱退可否の採決を余儀なくする程の緊迫した情勢をつくり出したこと、その発言の態様が、疑惑の存在を指摘して真相の糾明を求めるものとしてではなく、明らかに虚偽の内容をも混えて不正事実の存在を動かぬ前提として専ら被告会社及び交通労連に対する非難攻撃の手段としてなされたこと等を併せ考えると、原告らの意図は伊藤発言の内容の真否それ自体を問題にするというよりは、右伊藤発言の内容たる事実の存在を大会出席者に印象づけ、これにより同盟脱退を一挙に達成しようとするところにあったものと推認されるのであって、丹羽発言がその動機・目的において正当性を逸脱しているとまで断定できないにしても、真否不確実な伊藤発言に虚偽の内容をも混えて自己らの政治的意図を強引に実現しようとしたもので、この点において丹羽発言は正当な組合活動から著しく逸脱しているものというべきである。

(五) 更に原告らは懲戒権の濫用を主張するが、前記認定のとおり原告両名が前記伊藤発言内容をそのまゝ真実であると信じたかは極めて疑わしく、たとえ真実と信じたとしても重大な過失に基づくものであり、かつ、前記のような丹羽発言の態様、丹羽発言のもたらした効果、その後における原告らの言動等諸般の事情を併せ考えると、丹羽発言が被告会社内に会社と同盟が癒着している旨の噂の存在と、被告会社の代表者であった伊藤社長の軽卒な発言に端を発したものであることを考慮に容れても、原告らの責任は極めて重く、かつ、その行動は悪質というべきであるから、被告会社が懲戒処分中最も重い懲戒解雇を選択したことも十分首肯でき、懲戒権行使にあたりその合理的範囲を逸脱しているとは解せられない。したがって本件懲戒解雇が懲戒権の濫用である旨の原告らの主張も理由がない。

五、右説示のとおり本件懲戒解雇は有効というべきであるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告両名が被告の従業員たるの地位にあることの確認を求める原告両名の本訴請求は理由がなく、したがって、原告両名が右地位にあることを前提とする賃金の支払請求もすべてその理由がない。

よって原告両名の本訴請求はいずれもその理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小沢博 裁判官 淵上勤 前坂光雄)

〈以下省略〉

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